コラム

普段考えていることなど。

2010年9月27日 (月)

香椎のこと。 

 学生時代に過ごした、香椎という街に行ってきました。

 人生における多感な時期を過ごした場所だからか、いまでも魂の一部はこの街に住んでいるんじゃないか?と思うほど結構な頻度でここのことを思い出します。

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 住んでいた15年(!)ほど前は、雑多な街でしたが…まあ今でも充分雑多でしたが、幹線道路沿いや鉄道が高架になるなど完全に新しくなっていて、それに伴う区画整理などで、少しずつ昔の風景は失なわれつつあるようでした。

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 かつて住んでいた川沿いのアパート(があった場所)は…

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 芋畑になっていました。

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 通っていた大学(九州産業大学)は、新しい講義棟が建っていました。思い出の16号館が…。

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 幹線道路である国道3号線沿いは、派手で安っぽい商業施設ばかりが立ち並んでいました。こんな街づくりをしているから、日本全国同じ風景になっちゃうのです。もちろん開発が悪だとは全然思いませんが、もっと個性的な、住む人がその土地を愛せるような街づくりができないものかと思ってしまいます。自分の土地を愛することが、自分の国を愛し、国土のことをもっと意識することに繋がるんじゃないでしょうか。他国に侵略されてから覚醒するようじゃ駄目ではないかと。ちとオーバーかもしれませんが、こんな時期なのでおもいました。

 以上、個人的なノスタルジーにお付き合いいただき、有難うございました。

 

 

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2010年8月17日 (火)

意味。

 今日は朝から現場2本、午後から打ち合わせ、資料収集、デザインなど。

 SEO対策の会社様から、ホームページを見たとお電話いただきました。「何かSEO対策はされていますか?」「ホームページを見てお客さんが増えたら嬉しいですよね?」

 こういうこと書くと嫌われちゃうかもしれないけど、僕は仕事のお客さんを増やすためにこのサイトを維持しているワケではまったくありません。 プロフィールの欄にも書いているとおり(見ている人は少ないだろうけど)、ここを訪れた皆様が、僕という人間の考え方の傾向みたいなものを知っていただくことを目的としています。それを踏まえて何か頼んでみようと思われればそれは大変嬉しいですが、ただの36歳(もうすぐ37歳)の男の日記として読んでもらって全然OKなのです。もっともそれがどれほど需要があるのか知りませんが。

 だいたい、社名を冠していながら、仕事に関するエントリーが異常に少ないのがこの日記の特徴です。(キリッ

 よその看板屋さんがどんなサイトを作っているのか殆ど知らないのですが、看板を作ろうと思う人や、同業者しか見ないようなサイトはイヤなのです。今はまだ日々のことだけを中心に綴っていますが、今後この場を使って色々遊んでみたいと思っているのです。

 「ああ、つまり『ほぼ日』がやりたいのね」 「…あっ」

 何度か訪問いただいている皆様は、きっとご理解頂いていると思います。今後ともひとつ宜しくお願いいたします。

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2010年8月11日 (水)

手術。

 家内が明日手術を受けることになり、今日執刀医からの説明を受けてきました。細かい専門用語などは判らないのですが、それでも話を聞けば不安も和らいでくるもので、なるほどこれがインフォームドコンセントというやつか、とちょっと世の中が判ったような気になって帰ってきました。

 僕らの商売も、施工前の合意形成というのには大変気を遣います。近年は「クライアントさんが、いかに施工前に施工後をイメージできるようプレゼンできるか」ということがとてもとても重要です。ほとんどプリプロダクションで完成品に近い状態を求められます…というか自ら求めないとトラブルの原因ですからね。なのでこの日記でもお分かりの通り、看板屋が一日PCの前に座るような状態が生まれるワケです。

 あ、お見舞いとかそういうのはお気遣いなく。いや本当に。いやいやいやホントだってば。

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2010年7月27日 (火)

もし。

 口蹄疫による非常事態宣言解除の件でもうちょっとだけ。

 地元に住んでいるとはいえ、情報源はやはりネットが多かったのですが、宮崎への温かい励ましの言葉に胸を打たれる一方、「宮崎ってこんなに嫌われてたのか!」と思うような書き込みも多数ありました。

 最も多いと感じるのは知事(というかタレントそのまんま東)が嫌い、イコール宮崎嫌いというもの。きっと4年前までは宮崎になんか関心なかっただろうに。。ひょっとすると宮崎は、この4年間、他のどんな都道府県もマネできない圧倒的なブランド力/セールス力を手に入れた代わりに、別の何か大きなものを失ってしまったのかもしれない(笑)。

 ところで、こんなこと考えても仕方ないのですが、ついこんなことを考えてしまいます。

 もし、知事が東国原氏じゃなかったら。
 もし、農水大臣が赤松・山田両氏じゃなかったら。
 もし、政権が民主党じゃなかったら。 
 もし、口蹄疫の発生地が宮崎県じゃなかったら。
 もし、県境を越えて隣県で発生していたら。
 もし、全国各地で同時多発的に発生していたら。

 どれかひとつ現実になっていたとしても、口蹄疫事件は随分違ったものになったのではないでしょうか。

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2010年7月23日 (金)

針小棒大。

 さすがに今週からは午後だけエアコン使用しています。なので会社に来られる方は午後のほうが良いと思います。でも設定温度は28度なのであまり涼しくないと思いますが。本日はデザイン2本、現場1本。

 我々の仕事のひとつに、「商品がより売れるようにする」というものがあります。すこし前なら、キャッチーな言葉と綺麗な写真と派手な露出で売れたのかもしれませんが、現代日本ではなかなかそうはいきません。消費者が良いものをきちんと見分ける目を持つようになったからです。とても良いことだと思います。

 ただ、売る側に立つとそれが見えなくなることがあるように感じます。それほどでもない商品をよりよく見せたり、人気があるように見せたり 針小棒大なコピーを打ったり、かさ上げ底上げ、消費者は胡散臭いのをぜんぶ気付いて嗤っています。個人的に思うには、芸能界のそういう事例に学んだからではないかと推測するのですが違うかな?だって…以下自主規制(笑)。

 僕は売る人・作る人の人柄や、思想や、情熱といったものを表現できれば…と思いながらやっているのですが、まあなかなか難しいです。

 ともあれ恥ずかしくない商売をしたいものです。もちろん自戒も込めて。

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2010年7月 2日 (金)

書店にて。

先日、打ち合わせの途中、1時間ほどの空き時間ができたので、郊外のやや大きめの書店に入りました。

僕は普段、本はamazon等ネットで購入することが多いのですが(もしくはブックオフ)、久しぶりということもあり、ランキングをチェックしたり、普段は読まないカメラや軍事やアニメの専門書を見たり、平積みになった脳科学関連の本(茂木健一郎×高田純次の対談集てなものもあった)を眺めたり、創刊された頃は欠かさず読んでいたWILLのその相も変わらぬ立ち位置をチェック(笑)したりして、ビジネス書コーナーの前にたどり着きました。

ああそうだ。ここが嫌いで書店から足が遠のいていたのでした。

ビジネス書のコーナーに立つと、タイトル、帯、背表紙、デザインから「買わせてやろう」という妖気がめらめらと湧き上がっていて、それだけで眩暈がしてきます。まあそれは良いとしても、決定的に相容れない理由は、「この人たちの生きている姿がゴールなら、それは僕の目指すゴールは全然違う」ということです。たまたま「商売」「経営」「ビジネス」とかいう共通の文脈にお互い乗っかって生きてはいるけれど、僕に関していえば、人生の目指すところはその先にはないのです。しかも、なまじ良いことが書いてあったりすると、信念が揺らいじゃったりして始末が悪い。いずれにせよ、これらは全く僕の側の責任で、そうした本の著者には何の責任もありませんが。

ちなみに以前、「仕事とは?」と聞かれて、「食い扶持です」と答えて顰蹙を買ったことがあります。

というわけで、某衣料関係の社長や、某女性経済評論家の本のその装丁デザインだけはしっかり盗ませてもらいつつ、手にとって中を開いたりはしませんでした。ま、こんな調子だからいつまでたっても会社が大きくならないのかもね。

 

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2010年6月 7日 (月)

新聞記事より。

先日の宮崎日日新聞にこのような記事が出ていました。

Kiji  

ごく簡単に要約すれば、違反広告や、一定条件を満たせば自治体に対して必要な申請を行っていない看板には指導を強めていきますよ、という内容。

不公平感をなくすためには良い事だと思います。だけど、よくお客様に言われる「なんで自分の敷地に自分の店の看板をつけるのにカネが要るのか?」とか、「取られたカネは何に使われてるの?」というあたりに対して、もっと具体的かつ納得のいく説明を持たないと、理解は得られにくいかな、とも思います。

業者側の立場から言っても、この屋外広告物条例、まだまだ改善の余地のある条例だと思わざるを得ません。看板の定義ひとつとっても曖昧な部分がありますし、曖昧さがあるということは、条例の恣意的な運用がなされないとも限りません(そんな事ないとは思いますが)。

同業者内でもこのことはよく話題になります。そして、行政と協力してより良い景観づくりに寄与したい、という気持ちで一致しています。我々も勉強し、掲示者、行政ともに納得できるような条例にし、本来の目的である景観の保護に役立つようなものになるよう努力しなければなりません。

ところで、個人的には、アジアの都市で見るような、ゴチャゴチャとした、ほとんど混沌としか言いようのない景観も、それはそれで魅力的だと思っています。そういう猥雑さが街のエネルギーになっている場所もあります。日本では大阪とか。なので、場所によっては「カオス特区」みたいなのがあっても楽しいかな、と無責任なことを思ってみたりして。

【参考】宮崎県屋外広告物制度

  

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2010年4月30日 (金)

安藤前知事のこと。

安藤前知事が死去 官製談合は公訴棄却へ

ここで政治的なことを書いたりする気は毛頭ないし、まして裁判のことについて書けるほどの理解もありませんが、安藤氏について思い出すことをひとつ。

知事在任中、我々が主催していた青年交流イベントに顔をだして下さったことがありました。
そのイベントの看板は僕が作らせて貰ったのですが、そのことを知事に話すと、「あの看板にはどんな物語があるの?」と聞かれました。
その頃は、ただの思いつきを感性と混同していて、見た目重視の自己陶酔型看板を量産していましたので、「物語・・・ですか?」答えあぐねているところに、知事はその看板から感じる印象を訥々と語ってくださいました。

以来、看板を作る際には必ず、そこに看板を出す人、それを見る人の間のコミュニケーションをイメージしながら、伝えるべき情報をストーリーに乗せていくことを意識しています。全くの基本なのですが、それに気づかされた出来事でした。

もうひとつエピソードがあるのですが、それはまたいつか。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

 

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2010年4月28日 (水)

超えていく。

昨晩、テレビをサッピング中に飛び込んできたPV。サカナクションの「アルクアラウンド」。

こういうのを見ると、僕らの日々格闘しているものを、軽々と飛び越えていてなかなか痛快。でもこういうものを作れちゃうプロジェクトにちょっぴり(いやかなり)嫉妬しちゃいます。

以前福岡に住んでいたときに、ソラリアビルでよくイチハラヒロコさんの作品展があって、買い物ついでに見ていたのですが、そのとき覚えた感情を思い出しました。言葉ってもっと自由なものだったはずで。

しばらくの間知らず知らずのうちに、規格だの、CMYKだの、イラレだの、モニターのインチ数だの、条例(大事ですが)だの、納期だの(仕事にはつきものですが)に縛られすぎていたかも。

超えていかなきゃ。と思いました。

 

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